ドルアーガの塔、THE TOWER OF DRUAGA(1984)

やりました。やりまくりました。一番やり込んだゲームでしょうね。ナムコに躍らされて(笑い)

最初(1面ね)やった時、

「なんでこんなに歩くの遅いのだ?」

などとおもってたら、2面でジェットブーツとって納得。宝箱の出し方は、結局自力で全部探し出すことは出来ずに、人と協力しあったり、ベーマガの秘密のヒント(笑い)とか、あと、東京(俺は新潟)からドルアーガの宝の出し方を50面近くまで知ってて、デモンストレーションしていったなぞの二人組みとかもいました。その二人組みからずいぶんスパリマシタけど(笑い)

一番笑ったのは31面の宝(Pearl)ですか。当時ドルアーガが入っていたP1筐体(っていうんでしたっけ?)って1Pスタートボタンがちょうど膝の部分に当たるんですよ。なんで、31面の宝を出す時や、出し方を人に知られなくないひとが31面で宝を出すと

「筐体がなんか一瞬前後に揺れる」

ことがありました。まあ、膝で1Pボタンを押して宝箱を出してたわけです。まだ31面の宝箱の出し方がわからない時は、「何で出たんだろう」と理由がぜんぜん分かりませんでした。まあ、知らず知らずのうちに膝で押してたわけですね。あと、25面の宝はなんなんだデマとか。何がでるとかいうデマだったかが忘れた(バカ)。

初めて60面をクリアしたときは感動でした。とりあえず人がクリアしたのも見たことがなくて、自分でクリアしてみたのが最初だったので。で、そのとき周りにいた一人がクリアしたあとのメッセージ(NOW YOU SAVE KI AND THE GAME IS OVERだったけ?)を見た時

「ガリガリ君のソーダ味の色だね」

といったのが印象に残っています。

あと、東京では、

「ダンボールで宝箱の出し方を隠す」

方とかがいらしたそうで。新潟ではそこまでいきませんでしたね。30面くらいで終わったゲームを人に断りもなくコンティニューして

「あ、俺の宝」

を使っていく人はいましたけど(笑い)

全一って結局130万くらいだったんでしたっけ?稼ぎ(59面のDRUAGA殺しの残機つぶし)無しなのかなあ。私は、まあノーミスクリアを数回やって満足した程度でした。いまでも宝箱の出し方は覚えてますけど、まあ、それくらいはオールドゲーマの基本だよね。

98/5/29追加

そういえば、当時「大橋照子のラジオはアメリカン」というナムコ提供のラジオ番組がありまして、その公開録音を新潟のカミーノ古町というナムコ系のゲームコーナーが入っているファッションビルの前で行うことになりました。で、店員さんが当時常連だったわれわれ数名に

「前座というか、なにか芸をやってよ」

といわれまして、とりあえず私は

「ドルアーガの宝箱の出し方を商店街ど真ん中のステージで説明する」

という非常に

「恥ずかしい」

ことをやることになりました。実際に、店員さんが宝物のイラストボードを作ってくれて、12,3面くらいまでの出し方を説明するということを実際に行いました。それはそれ、当時単なる高校1年のガキでしたら、芸人のようなノリもなく、

「えーと、12面の宝はー」

などとなにもトークにメリハリもない無味乾燥な説明をした記憶があります。あと、他の人は、ポールポジションIIの音を録音して

「これはどのコースの音でしょう」

と無茶なクイズを行ったり、3人だったか4人で縦に並んで阿修羅のようにてを動かして「これは何でしょう」というクイズで、

「ドルアーガ」

などと、ばかばかしい前座をやってました(笑)。お礼として

「CARROT KIDS」

というT-シャツをもらいましたけど。もうないけどね。


k-amano@kt.rim.or.jp

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